ゆめちゃんとの約束@2019GW東北旅その⑦岩手編 奇跡の一本松
GWの10連休を使って、東北一周の旅をしています。
新潟から山形、秋田、青森と回って、今回は岩手県です。
花巻市のホテルを出て国道107号線、国道340号線などを通って一路、陸前高田市へ向かいます。
今回の旅行の最大の目的の一つがこの陸前高田に行く事です。
というのも、かおまるっち夫婦はいろんなゆるキャライベントに出没するくらいのゆるキャラファンです。
中でも埼玉県深谷市にキャラクター「ふっかちゃん」がとても大好きです。
そんなふっかちゃんと仲良くしているゆるキャラで結成されているグループあります。
それがゆる党というグループで、深谷市の「ふっかちゃん」以外に、陸前高田市の「たかたのゆめちゃん」、佐野市の「さのまる」、茅ヶ崎市の「えぼし麻呂」、海老名市の「えび~にゃ」、厚木市の「あゆコロちゃん」がメンバーとなっています。
ゆる党メンバー同士はイベント会場でも一緒にいてる事が多く、ふっかちゃんを見に行くと高確率でゆる党のメンバーにも会うので自然とたかたのゆめちゃんも好きなキャラクターになります。
そんなこんなで、イベントでたかたのゆめちゃんに会った時に、今度、東北に旅行に行くから陸前高田に行くね~と約束していたからです。
ということで、約束を果たすべく陸前高田にやってきました。
340号線から陸前高田入りすると、景色が一変します。
平地には建物が無く、だだっ広い地面がずっと広がっています。
平地は大津波によってありとあらゆるものが流されたため、住居や建物は津波の影響を受けにくい高台へと移されているからです。
農作物が植えられていない平地なので、田舎ののどかな農村の田園風景とは明らかに違うと感じられるため一瞬戸惑います。
何もない景色が広がる平地を海沿いを走る国道45号線と交差する交差点まで進むと、国が整備を進めている「高田松原津波復興祈念公園」が建設されています。
建設現場の脇には駐車スペースがあるのでそちらに車を停めて、奇跡の一本松に歩いて向かいます。。

追悼施設が完成したら、追悼施設を通って南に進むと奇跡の一本松に最短距離でたどり着くようになるのですが、現在は整備中なので国道45号線から気仙川をぐるっと回って進まないとなりません。

国道45号線の歩道から、仮設の階段を降りて、気仙川沿いの歩道へ進みます・・・・。
途中の看板が倒れているまま放置されています。

駐車場からゆっくり歩いて15分!
奇跡の一本松に着きました。
ゆめちゃんとの約束を守れたので、ゆめちゃんも一緒に記念撮影!

子の場所は震災以前は約7万本もの松林が広がる、高田松原でしたが、大津波で松原は流され、唯一残った松がこちらで、奇跡の一本松として復興のシンボルとなっています。

奇跡の一本松は陸前高田ユースホステルの敷地内にあり、奇跡の一本松の後ろには同じく大津波の被害を受けたユースホステルが保存されています。

震災当時は休館中でしたので人的な被害は無かったものの、建物は甚大な被害を受け、建物が崩壊しています。

エアコンの室内機が、ケーブル1本のみで風に揺られてぶら下がっている光景がとても印象的でした。

奇跡の一本松は、震災後根が腐り枯死と判断されたため、その後、復興のシンボルとして残すことになり、幹を防腐処理し心棒を入れて補強、枝葉を複製したものにするなどの保存作業を経て、元の場所に再び立てられているサイボーグ松となっています。
この保存に対しては多額の費用を要したため、賛否を呼びましたが、震災遺構として後世に語り継いでいくにはある程度のお金が掛かるのは致し方ないと個人的には感じます。

高台から見た陸前高田の平地の様子
区画整理された平地には建物が無く、少し離れた高台に生活拠点が移されています。

車を停めた駐車場の前には一本松茶屋という飲食・休憩スペースがあります。
ちょっと立ち寄って、たかたのゆめちゃんグッズが無いかをチェックしてみますが、、、、、ゆめちゃんグッズは入荷待ちとの事・・・・・トホホ。

しかし、お土産コーナーの隣のスペースに震災を伝える写真展示があったので、じっくりと拝見させていただきました。

壁一面にビッシリと張られた写真は、どれもショッキングな写真ばかりで、自然と目頭が熱くなるのを隠せません。

・・・・・・・・・・・・言葉が出ません・・。

写真展示をしているスペースの一角は語り部さんが解説する、震災時の映像投影もあります。
映像では左右から津波が迫りくる広田町の様子が生々しく投影されました。
動く映像を現地で語り部の声と共に見ると、いたたまれない気持ちになります。。。。

震災からは8年が経過しましたが、復興はまだまだまだだと感じます。
東北は大阪から遠い地なのでなかなか力になれないところがもどかしいのですが、この旅で大震災を学び、微力ながらブログで発信し、風化させない取組みをさせていただきます。
また機会を見つけて被災地を訪問したいと思います。
新潟から山形、秋田、青森と回って、今回は岩手県です。
花巻市のホテルを出て国道107号線、国道340号線などを通って一路、陸前高田市へ向かいます。
今回の旅行の最大の目的の一つがこの陸前高田に行く事です。
というのも、かおまるっち夫婦はいろんなゆるキャライベントに出没するくらいのゆるキャラファンです。
中でも埼玉県深谷市にキャラクター「ふっかちゃん」がとても大好きです。
そんなふっかちゃんと仲良くしているゆるキャラで結成されているグループあります。
それがゆる党というグループで、深谷市の「ふっかちゃん」以外に、陸前高田市の「たかたのゆめちゃん」、佐野市の「さのまる」、茅ヶ崎市の「えぼし麻呂」、海老名市の「えび~にゃ」、厚木市の「あゆコロちゃん」がメンバーとなっています。
ゆる党メンバー同士はイベント会場でも一緒にいてる事が多く、ふっかちゃんを見に行くと高確率でゆる党のメンバーにも会うので自然とたかたのゆめちゃんも好きなキャラクターになります。
そんなこんなで、イベントでたかたのゆめちゃんに会った時に、今度、東北に旅行に行くから陸前高田に行くね~と約束していたからです。
ということで、約束を果たすべく陸前高田にやってきました。
340号線から陸前高田入りすると、景色が一変します。
平地には建物が無く、だだっ広い地面がずっと広がっています。
平地は大津波によってありとあらゆるものが流されたため、住居や建物は津波の影響を受けにくい高台へと移されているからです。
農作物が植えられていない平地なので、田舎ののどかな農村の田園風景とは明らかに違うと感じられるため一瞬戸惑います。
何もない景色が広がる平地を海沿いを走る国道45号線と交差する交差点まで進むと、国が整備を進めている「高田松原津波復興祈念公園」が建設されています。
建設現場の脇には駐車スペースがあるのでそちらに車を停めて、奇跡の一本松に歩いて向かいます。。

追悼施設が完成したら、追悼施設を通って南に進むと奇跡の一本松に最短距離でたどり着くようになるのですが、現在は整備中なので国道45号線から気仙川をぐるっと回って進まないとなりません。

国道45号線の歩道から、仮設の階段を降りて、気仙川沿いの歩道へ進みます・・・・。
途中の看板が倒れているまま放置されています。

駐車場からゆっくり歩いて15分!
奇跡の一本松に着きました。
ゆめちゃんとの約束を守れたので、ゆめちゃんも一緒に記念撮影!

子の場所は震災以前は約7万本もの松林が広がる、高田松原でしたが、大津波で松原は流され、唯一残った松がこちらで、奇跡の一本松として復興のシンボルとなっています。

奇跡の一本松は陸前高田ユースホステルの敷地内にあり、奇跡の一本松の後ろには同じく大津波の被害を受けたユースホステルが保存されています。

震災当時は休館中でしたので人的な被害は無かったものの、建物は甚大な被害を受け、建物が崩壊しています。

エアコンの室内機が、ケーブル1本のみで風に揺られてぶら下がっている光景がとても印象的でした。

奇跡の一本松は、震災後根が腐り枯死と判断されたため、その後、復興のシンボルとして残すことになり、幹を防腐処理し心棒を入れて補強、枝葉を複製したものにするなどの保存作業を経て、元の場所に再び立てられているサイボーグ松となっています。
この保存に対しては多額の費用を要したため、賛否を呼びましたが、震災遺構として後世に語り継いでいくにはある程度のお金が掛かるのは致し方ないと個人的には感じます。

高台から見た陸前高田の平地の様子
区画整理された平地には建物が無く、少し離れた高台に生活拠点が移されています。

車を停めた駐車場の前には一本松茶屋という飲食・休憩スペースがあります。
ちょっと立ち寄って、たかたのゆめちゃんグッズが無いかをチェックしてみますが、、、、、ゆめちゃんグッズは入荷待ちとの事・・・・・トホホ。

しかし、お土産コーナーの隣のスペースに震災を伝える写真展示があったので、じっくりと拝見させていただきました。

壁一面にビッシリと張られた写真は、どれもショッキングな写真ばかりで、自然と目頭が熱くなるのを隠せません。

・・・・・・・・・・・・言葉が出ません・・。

写真展示をしているスペースの一角は語り部さんが解説する、震災時の映像投影もあります。
映像では左右から津波が迫りくる広田町の様子が生々しく投影されました。
動く映像を現地で語り部の声と共に見ると、いたたまれない気持ちになります。。。。

震災からは8年が経過しましたが、復興はまだまだまだだと感じます。
東北は大阪から遠い地なのでなかなか力になれないところがもどかしいのですが、この旅で大震災を学び、微力ながらブログで発信し、風化させない取組みをさせていただきます。
また機会を見つけて被災地を訪問したいと思います。
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